令和4年10月12日掲載FC |
静岡県、徳川家康に関係した寺社が多いが、 今回は、静岡の東側を訪ねてみました。 ・西富士宮を観てから、静岡市市内・市外を 歩いて見ました。 |
蓮永寺 日蓮宗 |
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日蓮宗本山の1つです。、徳川家の保護を得て いたので、徳川家に関した位牌が本堂の裏側に 数多く残されています。 江戸時代に、もらい火で焼けてはいるが、持ち出 した物が多く、仏像は創建時代のものがあり、町 の中にある見応えのある寺院です。 |
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家康の側室お万の方が、養珠院と名乗ってから没 するまで、家康の菩提を弔ったというお寺でもあります。 お万の方の子供が水戸の徳川家であり、その関係から 境内には多くの梅の木が植えられているのだという。 |
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樹木も多くあり、静かな雰囲気が漂っています。 | |
臨済寺 臨済宗 |
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現在は、修行寺であるとして、一般の拝観はさせて いません。 説明書によれば庭園がすばらしいと書いてあります。 外観からも素晴らしい寺院の風格が感じられます。 |
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徳川家康が竹千代の時に、今川家の人質として過ご していた折り、このお寺で、今川家の執権を兼ねてい た雲斉に教えを受けた“家康手習いの間”なるものが、 あると 聞きました。 その為、このお寺も徳川家の保護を受け、今も昔の 面影を多く残しています。 |
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左の画像のごとく、入ってみたい、それほど魅力が 有りました。 拝観が出来ず残念でしたが、外観だけでも見る価値? はありました。 |
静岡浅間神社 駿河の国総社 |
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駿河国の総社として栄えてきた静岡浅間(せんげん) 神社。 神部神社、浅間神社、大歳御祖神社の3社からなるの で、総社と言われ、また地元では、おせんげんさん、と 呼ばれ、市民の方に親しまれていると聞きました。 極彩色の壮麗な神社は、富士宮の浅間大社とは、ま た違う一面が有りました。 そして、ここの良いところは、ボランティヤの説明員が 親切に、応対してくれることです。 画像をクリックすると、大きい画面になります。 |
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4万5千平方メートルの境内には、文化元年(1804)から
60年の歳月と当時の金額で10万両を投じて建築され た漆塗り極彩色の社殿群があり、いずれも国の重要文 化財に指定されています。特に楼閣造りの大拝殿は 浅間造りの代表的なものと言われています。 神社は、正面も見事ですが、特に側面の色彩がすば らしいです。 行かれたら、右側面をご覧下さい。 |
柴屋寺 臨済宗妙心寺派 |
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正式には天柱山吐月峰柴屋寺といい、一休禅師の弟 子であった連歌師の宗長法師が、室町時代の武将今 川氏に願い出て、今川城の一部に作った草庵です。 京都銀閣寺の庭園をまねて造ったといわれ、規模は 小さいが、静岡県の名勝及び史蹟庭園になっています。 月見を重視した庭園であり、庭園内の木々は周囲の 小山に合わせた配置をしたという、粋な場所です。 |
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また、別名竹寺とも呼ばれており、竹細工製品が有
名です。宗長が始めた竹細工は、今も住職が自ら 製作、販売しているという。 柴屋寺と称していますが、そもそもが草庵でスタート している.ので、建物、庭園も壮大さは無く、まさにこじ んまりした草庵という風情でした。 |
誓願寺 臨済宗妙心寺派 |
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吐月峰の近く、丸子の里自然遊歩道の途中にあります。
源頼朝が両親の供養のために創建したお寺といわ れ一時廃れたが、のちに武田信玄が再興したとい う由緒ある寺院です。 |
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境内の古池には、木の上で産卵をする、“モリアオガ エル”が生息しているのは珍しくて、その産卵風景を 見るため、その時期(5月~7月頃)になると、たくさ んのカメラマンで賑わうという。 画像をクリックしてかんばんをお読み下さい。 |
清水市には、羽衣伝説の三保の松原や、お茶の香りと任侠の清水一家などで知られた 所ですが、歴史の上でも徳川将軍にゆかりの久能山東照宮などが有名です。 この地域にある寺院の多くは禅宗・・臨済宗と曹洞宗・・で有ることがわかりました。. |
梅蔭寺 臨済宗妙心寺派 | |
有名な幕末の侠客清水次郎長とその一家の墓があり、 次郎長の墓に並んで大政、小政の墓と次郎長の銅像 があり、記念館 には多くの遺品が展示されています。 次郎長は 、清水港で幕府軍と官軍の戦いで破れた兵 士の遺体を集めて梅蔭寺に葬ったとあります。 明治26年に次郎長が亡くなったとき、もと幕府軍の海 軍副総裁だった榎本武揚が感謝の意をこめて墓碑銘 を書き葬ったといわれています。 |
清見寺 臨済宗妙心寺派 | |
創建は奈良時代といわれ、清見関と呼ばれる関所が あり、関所を鎮護するために仏堂が建てられたのが 始まりと伝えられています。 景勝の地であり鎌倉時代には足利尊氏、室町時代 には駿河の領主今川義元、小田原の北条攻めで は豊臣秀吉、その後は徳川家康の保護を受け栄 えてきました。 |
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線路の石段をのぼって山門をくぐった境内の鐘楼は、 650年前の鐘であり、県指定の文化財 になっています。 鐘楼の正面には家康が接木したと伝えられる臥龍 梅があり、与謝野晶子が読んだ碑もありました。 境内奥の山裾には五百羅漢が並んでいて、それ ぞれ異なった表情がユーモラスです。 |
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また、本堂の裏には江戸時代に造られた素晴らしい 庭園があり国の名勝の指定を受けています。 これは家康が少年時代に今川氏の人質になって 清見寺に滞在した事もあって、この地をこよなく愛 して築庭の指示までしていたのだという。 ← 国名勝となっている庭園にある、五百羅漢の石像 画像をくりっくすると、庭園を大きく見られます。 |
鉄舟寺 臨済宗妙心寺派 | |
もともとは、久能山の山頂にあり、久能寺といってたが 武田信玄の駿河攻めにあってこの地に移転させられ たといわれています. 明治初期、荒れ果てていた久能寺を、幕末の山岡鉄舟 が再興したことで鉄舟寺と改名したそうです。 |
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茅葺きの鐘楼と観音堂は当時のもの、ほかに仏殿、 開山堂、大方丈などあり寺宝に日本三大荘厳経の 一つの国宝久能寺経19巻があります。 宝蔵には行基作の千手観音像、薬師三尊のほか 古仏像が16体などあり、見応えあるお寺でした。 境内からの見晴らしも抜群です。 |
竜華寺 日蓮宗 | |
身延山久遠寺の日近上人が、この地から見る富士山 が荘厳だとして建立したと、いわれています。 |
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「観富園」と呼ばれる素晴らしい庭園と、茅葺きの本堂 の前の境内には、天然記念物に指定された樹齢約 1100年という日本最大最古の大蘇鉄(根回り6m) があります。 そして遠くに富士山をのぞむ高台に文豪高山樗牛の 墓があります。 |
久能山 東照宮 | |
国史跡の久能山山頂に、東照宮があります。 徳川家康の遺言によって最初の東照宮がここに造られ その後、一周忌後に日光東照宮が造られています。 それから、各地に東照宮が造られ、40近くあると聞 きました。 |
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重文の社殿です。 |
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